フィーバー税理士 3年ぶりの再会

【3年ぶりの再会】

 

いつの間にか俺の年齢が28歳になっていたと気が付いたとき、ゾッとした。

 

時間の経過は誰に対しても平等というけれど、あれは嘘だ!

俺のように人生の挫折を経験した者にとっては、辛い時にはゆっくりと、そしてなんでもない時には恐ろしく早く時を刻んでいくようにできているものらしい。

 

あれ以来前田とはLINEでやり取りする間柄になり、お互いの心境や考えを率直に伝え合った。

時にはメールで、時には電話で、そしてたまにまたあの居酒屋で酒を酌み交わしながら前田との時間を共有することで、前田は俺にとって唯一の親友と言える存在になった。

 

会社を辞めてからの俺は再びパチンコ通いの生活に戻っていた。

 

家賃補助もでなくなった今、学生時代のように生活費を賄うのはパチンコになっていったことは、俺にとって自然なことであったように思う。

 

28歳にもなって、会社勤めもろくにできず、パチンコで生活をしているなんて・・・

 

世間の一般常識に照らせば、今の俺は完全に常識外れの不良品だ。

 

でもそんな俺を認めてくれる奴もいる・・・それが前田だ。

 

「今のプロは、会社にいたころのプロと違ってすっかり自分自身を取り戻しているぜ!俺にはそれがよくわかる。それに引き換え俺はこのざまだ・・・」

 

いつの間にか前田は、子供のころのあだ名で俺を呼ぶようになっていた。

そんな些細なことが俺にはうれしかった。

 

「パチンコ生活って最高じゃん!アホな上司もいないし、理不尽な仕事もする必要もないだろ、それに何からも縛られていないっていうのがいいな・・・お前がうらやましいよ」

 

「お前だってこのざまって言うけど、お前はお前らしいよ、ずっと前から。そんなお前に俺は憧れていたしなぁ・・・」

 

「やめてくれよ!俺はそっちの気はまったくないからな、はっはっは(笑)」

 

二人で大笑いするととても気持ちがいい・・・この時間が俺はとても好きだった。



パチンコ生活は比較的順調だった。

 

パチンコを能力と言っていいものかわからないが、こうして今生活ができるということに俺は感謝したい気持ちになっている。

 

そこには前田も大きく影響しているし、死んだ親父も絡んでいるように思う。

 

パチンコに行くとき、いつも不思議と台につく前になると一瞬俺の頭に前田と親父の顔がよぎるのだ。

 

そんな時は決まって勝つので、いつしか毎回、というか毎日、俺はアパートを出るとき、そして店に入るときは決まってこの二人のことを頭に浮かべるようになっていた。

 

この二人が俺のパチンコ生活を支えている原動力だと感じていたからだ。

 

そして今日もこのゲン担ぎが功を奏していた。

 

早速引き当てた大当たりは「777」の確変だった。

 

(幸先いいなぁ、前田、親父、ありがとな)

 

心の中でそう唱えていると、背後に視線を感じた。

 

その感覚は何となく記憶のあるものだった。



今日の大当たりはいい感じだ。

確変「777」に続いて再び「555」で確変が連チャンできた。

初っ端から調子がいい。

 

最近の俺は自分でいうのもなんだが、冴えわたっていると感じることが多い。

 

会社を辞めて、さぁこれからどうしようと、と思いながらパチンコに再び足を向けた俺は、生活していくためという状況だったからか、それともどこにも所属せず何からにも縛られないという自由がそうさせたのか、高設定台を見分ける力が日増しに増しているのだ。

 

高設定台でも、すぐに大当たりが出るというわけでもない。

ある程度呑まれないと爆発してくれない。

 

しかも昔のように釘を見てよく入る台を選ぶということも難しくなってきた今は、前日、前々日といった過去のデータからホール側の設定を読み取るといういわば心理戦のような感じになっている。

 

それが俺にはあっていたのだろう、時短モード中に再び確変が来たのを見ていると、この台はまだまだ出そうな気配がする。

 

そんな時に感じた背後の視線は、以前どこかで感じたことのある気配であり、懐かしさを抱かせた。

 

振り向いてみたが、開店早々ということもあってざわついた店内ではみな自分のことしか考えていないようで、俺に視線を向けている人など確認できなかった。

 

(まぁ早々に大当たりを引き出したから台の位置と上部にあるデータ情報でも覗き込んだ

人がいたのだろうな)

 

ぼんやりとそんなことを考えつつも俺は手元のドル箱がいっぱいになったため「コール」ボタンを押して店員を呼び出した。

 

にこやかな笑顔とともにかすかな香水をともなってホールレディがいっぱいになったドル箱を足元に置き、新たな空のドル箱を俺の前にセットしてくれる。

ほどなくまたこのドル箱もいっぱいになるのが見えているのだから、またコールした時にこの娘が来てくれたらいいなぁ・・・と思いつつ俺はハンドルを握っていた。

 

午前中でドル箱がすでに10箱以上積みあがっているのを満足げに眺めながら、休憩を兼ねて俺はトイレに向かった。

 

大当たりをしている時の休憩ほど安心感を与えてくれるものはない。

 

勝っているという心の余裕と用を足した時の解放感が重なると、季節に関係なく充実した身震いを起こしてしまうのは俺だけなのだろうか・・・?

 

そんなことを考えながら手を洗っていると、背後に一人の男性が入ってきたのが分かった。

 

男性はまっすぐに用を足しに行くが、鏡越しにその人をちらっと見た時に、俺の記憶の倉庫の扉が開いた。

 

(あれっ?どこかで見たことがある人かも・・・誰だ?)

 

パチンコに通っているといつも見かける面々がいる。

 

それは店ごとにほぼ決まっていて、彼らも自分と同じようにパチンコで生活をしている人だったり、暇を持て余している人など、それぞれの目的と事情を抱えて、決まった時間に姿を見せるのだ。

 

でも今背後に通った男性はその類いではないことは確信をもって言える。

 

(誰だっけ・・・?まぁいいっか)

 

俺は乾燥機ですっかり水分が落ちた手を抜き取ると、トイレのドアに向かいざま用を対している男性の方に一瞬だけ目を向けて見てみた。

 

その視線を感じたのか、男性用便器に身体を密着させていたその人もこちらを見たのだ!

気まずさを感じたのはほんの一瞬だけで、その直後に俺はハッとなった!

 

「あっ!」

 

思わず声を上げてしまった俺は後悔したものの、発した声を取り消すことができない現実に恥ずかしさを感じた。

 

「おっ、きみぃ・・・」

 

男性も俺を認識したようだった。

 

「久しぶりだなぁ、しばらく見なかったけど・・・」

 

こちらに向かってきて手を伸ばせば届くほどの距離で俺に声をかけてきた。

 

そう、この人はかつて学生時代に俺がこのパチンコホールで見かけてちょっと会話したことがある人だ。

 

あの時と全く変わっていない、いやむしろ精悍な雰囲気が増し、男らしさというか出来るビジネスマンというオーラとただ者ではないという品格をまとっていた。

 

「ご無沙汰です・・・」

 

消え入るような声の俺は、照れくささと恥ずかしさと元来の人嫌いが相まって相手を直視することができなかった。

 

「ここで再び会えたのも偶然だなぁ、昼メシまだだろう?一緒にこれから食わないかい?」

 

「あっ、は、はいっ・・・でも俺今大当たり引き出しちゃって・・・・」

 

「あぁ、そのようだね、627番台だったよな、確か・・・じゃぁ『昼食中』の札つけさせておけばいいじゃん」

 

(なんなんだこの人は!俺の台を知っているし・・・もしやパチプロ集団のボスなのか?!)

 

ちょっとした恐怖を感じながらも、その人のことが知りたいという好奇心も相まって俺は先に歩いてトイレを出ていくその男性の背後に続いたのだった。



トイレから出た俺は、先に出て行ったあの男性が俺のお気に入りのホールレディの女の子と何やら話しているのが視界に飛び込んできた。

 

片側の耳のイヤホンを気にしながら目の前の男性の話を一語一句聞き逃すまいとしているような二人の姿は、まるでかつて俺が務めていた人材派遣会社の上司が女性従業に指示を出している姿を彷彿とさせるものがあった。

 

お気に入りのホールレディは、男性の話を聞き終えると機敏に向きを変えて小走りに行ってしまった。

 

彼女の優しい香水の残り香を感じながら、俺はその方向に目を向けると、俺の売っている627番台に「ただいま昼食中」の札をセットしているのが見えた。

 

「はぁ・・・」

 

我ながら間抜けな声を出しながら男性の方に目を向けると、にこやかにこちらを見ながら「カモン」という手のジェスチャーを俺に放つのを見て「シブいなぁ!」と思わず感心してしまった。



ホールをいったん出ると、同じ敷地内に食堂レストランが併設されている方へ向かっているので、てっきりそこへ入るのかと思いきや、そこを通り過ぎて表のバス通りに出て行った。

 

ちょっと意外な展開に俺は戸惑いながらも男性の後を追った。

なんせこのオッサン、俺よりも背が低いのに歩くのが異様に早いのだ。

しかもその足取りは素人が見てもどっしりと安定していることからも、自信がみなぎっている感じがする。

 

(そうだ!3年前に会ったときも『なんなんだ、このオッサンは?』と思ったんだった)

 

一つを思い出すとそれに連、当時の感覚の記憶もどんどんと呼び覚まされていく。

 

オッサンは迷うことなくスタスタと歩き、横断歩道がある交差点の手前でなんと道を渡りだしたのだ。

 

バスも通り交通量も多いこの道は片側3車線もあるにもかかわらず躊躇なくにこやかに手を挙げて渡っていくオッサンの姿は、まるで「世の中はこの俺の思い通りになるのさ」と言っているかのように見えた。

 

ちょっとのタイミングで通りを渡り損ねて取り残された俺を、まるで子供を見る親のような目でにこやかに笑いながら反対車線のオッサンは、すぐそばのおしゃれな外観の洋風レストランを指さしている。

 

(ここに先に入って待ってるぞ!)

 

そう言っているのは明らかだった。

 

途切れることのない目の前の車の音でオッサンの声は聞こえるはずもないのに、俺はその男性の放つ心の声がまるでテレパシーのようにはっきりと受け取ることができたのだ。

 

大型トラックやバスが通過した一瞬の合間に、オッサンの姿はもうすでにそこにはなかった。

 

見えたのは、オッサンがたった今開けたであろう洋風レストランの入り口ドアがゆっくりと閉まる残像だけだった。

 

1人取り残された俺には、車が途切れて向こう側へ渡れるようなタイミングはそのあと訪れず、結局交差点まで行って横断歩道を渡ったのだ。

 

「道路の横断」というパチンコは、オッサンに大当たりが来て俺には来なかった、なんてことを考えながら俺はオッサンの待つレストランに急いで走っていった。