フィーバー税理士 寝る前に夢見ること
【寝る前に夢見ること】
何となく・・・ではあるが、最近の自分自身は変化してきているように感じる。
目にするもの、耳にするもの、そういった情報のとらえ方が以前と違ってきていると確実に感じる。
客観的に見てもそれは俺自身の見識が変化してきたことの表れであり、成長している証であろうと確信している。
もちろんそれは東さんの影響であることは言うまでもない。
その影響はリツとの関係にも及び、俺はリツの良き相談相手になっているようで、あいつの悩みや苦しみが手に取るようにわかるし、それを理解することができるという自信のようなものも感じるのだ。
パチンコ生活にも変化を感じた。
それは、以前よりも出る台の見極めに自信が付き、それがことごとく正解するので、ますます自分の理論や千里眼に自信を持つようになっていく・・・これこそが正の連鎖である。
もちろん手にする戦勝金は以前に増して格段に増えていったので、自分の足で確実に人生を歩んでいるという実感があった。
(こんな気持ち生まれて一度も味わったことがないかもしれない・・・)
30歳を前にしてパチンコ生活など、世間一般から見れば、なんて自堕落な人間なのか、と咎められそうだが、俺は一向に気にならない。
着実に自分の納得のいく人生を歩んでいるという実感は、世間体や一般常識といったものをはねのけるほど威力のあるものだ。何より昔の同期の仲間よりも経済面でも豊かだし、組織の一員ではなく独立しているという面でも優っているのだ。
心に余裕があると何事にも泰然自若な状態でいることができる。
これまでの俺はコップ程度の人間だった。
コップ程度の器であれば、そこに赤い絵具を落としただけで色がついてしまう・・・
しかし今の俺はコップからバスタブくらいにはなったのだと思う。
赤い絵の具で一瞬、染まるもののその影響はあくまでも一瞬だけだ。
そういう意味では東さんはやはり海の器だろう。
年商80億の会社を経営し、その後借金を20億も作って、さらに2度の自殺未遂も経験したにもかかわらず、あれだけの笑顔と風格を出すことができるのだから。
俺もいずれは東さんのようになりたい・・・
漠然とだけど、そんな人生の目標ができ、その見本となる人物が身近にいることが何よりもうれしかったし、その偶然に感謝したい気持ちにあふれていた。
そんな俺も、一人眠りにつくときなど考えることがある。
(今の生活に不自由はないが、果たしてこのままでいいのだろうか?俺には何かやるべきことがほかにないだろうか?何か人の役に立てないか?もっと何か人と関わることができないだろうか?そしてもっと社会に貢献する方法はないだろうか?)
かつて大学に入ったばかりのころ、軽音サークルでやった路上ライブのことを思い出しながらそんなことを思い浮かべる。
(人間コンプレックスだった俺が、初めて人前で披露する快感を感じたのがあのときだったなぁ・・・あの経験が今の俺があるのかもしれない)
あの時はライブ演奏以外にも、弾き語りやサークルの友達とイベントでコントをしたり、その時はその瞬間瞬間を楽しんで、今を生きているという感じだった。
それこそが大学生の醍醐味であり、大学生しか味わえない『生きている実感』というやつだった。
それが会社に入り社会人となると、組織という巨大な生き物に人格と魂と自由を奪われ、いつの間にかただの操り人形になっていた。
いや、操られたのであればまだいい方だ。
俺はその組織でさえも操ることができないほど、出来の悪い人形だったのだ。
でも今はそれが良かったと思う。
あのままあの会社にいたら、俺は最悪、父のように自殺をしていたかもしれない。
ノルマに追われる日々、人格を否定すらされた過去、理不尽な要求、朝令暮改・・・
自分を殺して安定と引き換えに人生を会社に捧げるか、それともリスクを冒してでも自分の足で歩む納得のいく人生を歩むか・・・
(迷わず俺は後者を選ぶ!)
心の中で叫んだはずなのに、あまりの内なる大声に俺は眠気を飛ばしてしまったようだ。
その日の晩はいつまでたっても眠気を誘うことができなかった。
【スランプ】
パチプロと言っても自称である。
でもよく考えてみれば、パチプロになるためのテストや認定試験があるわけではないので、要はその期間にパチンコで稼いで生活出来ているという状況であれば誰でもパチプロなのだ。
そんなパチプロだって常に勝ち続けているわけではない。
不正行為は論外として、俺のように正々堂々と確率論をベースとした『正統派パチプロ』からすれば、当たり前のことだが百パーセントの勝率なんてありえない。
不調が続くとその流れはある一定の潮流と期間をもたらし、そうなると精神的にもかなりのダメージを被ることになる。
今回訪れた不調はこれまでに経験したことがないほど、長く、そして深かった。
「は~~~~」
負けが続くとこのため息が自然と出てしまう。
自分でもため息はさらなる不幸を呼び寄せるような気がするものの止めることができない。
しかもそんな時に限って、隣の客があきれるほどドル箱をタワーのように重ねているの見ると、羨ましさやを通り越して辛い。
今日も朝一番から並んで、目指す台を確保することができ、午前中何箱か出たものの、午後になるとそれもすべて呑まれ、挙句には何枚もの萬券が俺の財布から去っていった。
あきらめて台をチェンジしてもツキには恵まれず、しかも離れた台が別の客の時に大当たりをしている様子を目にすると、もう何もかもが信じられなくなり自暴自棄になってしまう。
かつて人生に失望し、生きることの意味を見失っていた頃の感覚がよみがえってくる。
(結局、俺は何をやってもダメなのか・・・)
有り難いことに東さんやリツは、最近忙しいとみえて、会うこともなければ二人ともメールも来ない。
こんな惨めな姿は当分見せられないし、きっと今の俺は悲惨な顔つきになっているに違いないことだろうから、二人からの途絶えた連絡はかえって俺にとっては救いだった。
夕方を待たずに俺は席を立ち、正面玄関に向かってシマとシマの間をとぼとぼと歩き退散を決めた。
出入り口に一番近いシマの端にある角台にはガチ盛りのドル箱が、これでもかというくらい積みあがっている。
その台は昨日俺が大負けした『牙狼』だ!
40代くらいの女性がプレイしていたが、その後ろ姿は明らかに余裕がありリラックスしているのがわかる。
(くそっ・・・悔しい!)
自分がした心の中の舌打ちを聞いて、余計にいやな気分になり、一刻も早くこの場から去りたい気分に拍車をかけた。
アパートへ帰りながら、頭の中には様々な考えが渦巻き、いろいろな声が交差する。
この際パチプロなんて辞めた方がいいんじゃないか?
もう一度ちゃんと就職して安定な生活をするべきだ。
そうすれば世間体だっていいし、大手を振って外を歩けるし・・・
どうせまた明日パチンコをしたって負けるに決まっているんだから・・・
そもそもこのままだったら貯を切り崩していくジリ貧生活になってしまう。
そんな俺の声はあくまで正当であり常識的に聞こえてくる。
その一方で、もう一人の自分が割り込んでくる。
いやいや、俺って実はパチンコの才能あるんだぜ!
これまでだってちゃんと生活できたて来たんだし、ここで辞めるなんてもったいない。
昔からゲームも得意だったし数字にも強い、そして記憶力と勘が鋭いんだからまさに本当のパチプロ向きじゃないか!
それにさぁ、ここで辞めたら東さんとの関係、どうすんの?
(そうだよなぁ・・・)
胃が裏返りそうな感覚は、帰路に就く俺の足を重くし表情を険しくしていく。
(東さんか・・・)
それ以上の思考が進まず、気が付けば俺は家の前にいた。
そうやって帰ってきたのか、自分でもその記憶が全く飛んでいる。
途中コンビニで買ったであろう菓子パンとヨーグルトドリンクのはいった袋にはきちんとレシートもあることから、ちゃんとお金を支払ったことが確認できてホッとする。
(これが今日の晩飯なんだなぁ)
いつの間にか購入したのか、その記憶もないほど俺を苦しませる現状は、何を俺に伝えようとしているのか?
何を学ばせようとしているのか?
そして俺にどうさせようというのか?
その答えを早急に見つけなければならない。
その日の夜、俺は久しぶりに東さんにLINEを送った。
はち切れそうな苦しさを誰かに吐露したい気持ちに押されたからだ。
リツの顔も浮かんだが、リツに相談したらあいつの性格上、自分のことのように一緒になって悩み苦しませてしまうことになりかねない。リツよりも人生経験が長く苦い過去を経験した東さんの方が、この俺を受け止めてくれるだろうと思う。
『夜分遅く、お疲れのところすみません。
お恥ずかしい話なのですが、最近なかなか思い通りに事が進まず、何もかも投げ出したくなる衝動に駆られています。
誰かにこの気持ちを話さないと爆発してしまいそうで・・・
いい大人が甘えているとお思いでしょうが、こんなことは東さんにしか相談できる人がいなくて・・・本当に申し訳ないです』
送信し終わった直後、こんなつまらないことを東さんに相談したことを後悔したがもう遅い。LINEのメールはしばらくして『既読』になった。
東さんが今自分のしたためたメールを読んでいると思うと、顔から火が出るほど恥ずかしく、そして自分のしたことを悔やんだ。
はぁー
大きく息を吐いてみたが、それさえも億劫に感じる。
ほどなくしてメールの着信音が鳴った。
恐る恐るスマホを覗くと「明日、時間あるだろう?駅前のロータリーで11時に会おう」と短い文章の返信が届いた。
それを見た俺は、何故かスマホを握りしめて泣き崩れてしまった。
約束の11時よりかなり早めに到着した俺は、駅前のロータリーをグルグル何周も歩いた。
時間を気にしながらタクシーを待つビジネスマン、
到着したバスから杖をついてしんどそうに降りる老人、
誰彼構わず声をかけながらティッシュを配るおじさん、
聞いている人がいなくても熱弁をふるう街頭演説の地元議員、
円形のロータリーは何周してもこの光景は変わらない。
10時50分を過ぎたころに、真っ白い一台のアウディが滑り込んできた。
その車は決して派手ではないものの、日本車にはないどっしりとした存在感と気品を湛えた風格は静かに無言の主張をしている。
「お待たせ~!」
東さんが助手席のウインドウを開け、運転席から身を乗り出して叫びながら手招きをしている。
俺はドアに手を触れていいのか一瞬迷っていると、中から東さんが助手席にドアを開けてくれた。
「乗れよ」
軽快な東さんの声は、それまでよどんでいた俺の心をリセットしてくれるかのように響く。
「お忙しいところありがとうございます」
ゆったりとした本革のシートも白で一色で統一されているインテリアは、一点の曇りもない東さんのそのものを象徴しているようだ。
「いい車ですね」
俺は気まずい気持ちをかき消そうと、何とか会話を別の方向に向けようとした。
「これかぁ、アウディA7っていうやつなんだけど、乗り心地いいだろう」
死んだ父親が昔乗っていたメルセデスと同じドイツ車だということくらいは知っていたが、その佇まいといいインテリアといい、このA7が高級車であるということは、車にそれほど詳しくない俺でもすぐにわかる。
「ソファーに座っているようです。乗った瞬間、別世界に入ったような感じです」
「おぉ、いい表現だね!川上君を乗せて正解だったよ!」
東さんは、ステアリングを握りながらとても嬉しそうに答えた。
「さぁて、どうしたって?じっくりと話を聞かせてもらおうじゃないか!社長の俺が付き合ってやるんだからそれなりに面白い話じゃないと困るぜ!」
「す、すみません」
敢えておどけていることがわかっていても、それに同調もできずただ謝るしかできない。
「なぁに辛気臭い顔してるんだよ!冗談さ、ジョーダン。俺は今日はオフでちょうど暇を持て余していたところだから大丈夫」
豪快に笑う東さんは、次の瞬間アクセルを踏み込むと、それにこたえるようにアウディA7は心地よい音を響かせながら一気に加速する。
その感覚は、本当に別世界へ俺を誘うかのようだった。
アウディA7は全くストレスを感じさせない余裕の走りで、高速道路を優雅、かつ軽快に走っていく。
走馬灯のように視界が流れていくアウディの姿は、まるで疾走する白馬のようだ。
東さんはあれから一切言葉を発しない。
黙って前を向いてハンドルを握っている。
最新式のナビゲーションから、かろうじて山間部の方へ向かっているであろうことが推測できたが、それでもどこへ向かっているのかわからない。
インターチェンジを降りてしばらく走ると、小高い丘の上でアウディは止まった。
東さんが降りて行ったので俺も慌ててついていく。
振り返るとアウディが「いってらっしゃい」と言っているような顔で俺を見ていた。
東さんがじっと立って遠くを見つめている。
その先を見ると街があってその奥にはさっき通ってきた高速道路が見える。
昼間の街は、小高いこの位置から見るとはるか遠い位置にあるのに、そこが息づいて活動していることがわかる。
何も言わずそれを見つめる東さんの横に並んで、俺もその光景を眺めていた。
どのくらい経ったのだろうか・・・ポケットに両手を突っ込んだままじっとたたずみ黙って遠くの街を見つめていた東さんが、おもむろに声を発したのは。
「この景色を見ると思い出すんだよ・・・」
「・・・」
どう返事をしていいのかわからない。
「以前俺が自殺未遂をしたことがあるってこと話しただろう?」
「あ、はいっ」
「死んですべてを終わりにしようと思っていたんだけど死ねなかった俺は、そのあとここに来たんだ」
「えっ!」
「そしてこの場所のこの位置でこの景色をずっと眺めていたんだ。そのとき思ったんだよ。
街が生きて活動しているのに、何で俺は死のうとしたのかってね。死ぬことは怖くはなかったし、その時はむしろちょっとした憧れのような魅力を感じていたんだ。死は生の先に誰にでもあるものだからね。でも今の命を存分に活かしてもいないのにその先に進んでしまって果たしていいのだろうか?って疑問がわいてきたんだよ、この景色を見ていたらね」
その気持ちは俺にはよくわかった。
例えが適切ではないが、ゲームのレベルをクリアしないと次へ進めないことと同じだなぁと思っていた。
そのステージをクリアして初めて次のステップに進める、それが楽しいし達成感があるのだ。
「死って考え方によっては、簡単であり身近なものなんだよ。でもそれに駒を進めるには今をクリアしていなければだめだと思う。死へと進んでいい資格をちゃんと得てからでないとね。でも死っていうのは自分の意思とは関係なく突然訪れることもある。だからこそ毎日を、そして今この瞬間を存分に楽しんで生きていることを味わっておかないといけないということに気が付いたんだ」
「そうですね、、、」
深すぎる話についていけなくて、そうと答えるのがやっとだった俺は、今日なんで東さんと会っているのかがわからなくなってきた。
「なんか、自分ってあまりにもちっぽけだなぁって思えてきました」
「うん?」
東さんがこちらを向いた。
「実は俺、最近パチンコが勝てなくなってしまって、それがきっかけでどんどん荒んでいく自分がいたんです。それをどこかで食い止めようとしていたのですが、その方法もわからず、ただもがいていたんです。誰か助けを求めているというよりも、この気持ちを知ってもらいたいという願望があって・・・そんなことを受け止めてくれるのは東さんしか思い浮かばなくって・・・ほんとすみません。ここに来て自分がいかにちっぽけな存在かってことがよくわかりました」
「それは違うな。人間に大きい小さいなんてないんだ。その人がそのことで悩んでいればそれは百パーセントのことだし、それは人によって様々なことであって当然だよ。でもそこに今を生きているかどうかってことを決意できるかどうかなんだ。
だから勝ち負けなんて関係ない、その人が今を存分に生きているかどうかであって、他と比較したって意味がないんだよ」
「負けて悔しくて・・・隣の人が勝っているとその人に対して反感を抱くようになってしまって・・・そんな自分に嫌気が指していたんです。本当は。でも勝てない自分がいることも事実ですし、どんどんを自信がなくなっていって、そのうち今の生き方に問題があるからやめろってことなのだろうか?とか、またサラリーマンに戻って安定した生活をすべきという啓示なのだろうか?とか考えちゃって・・・」
一気にしゃべった俺は、呼吸することも忘れていたためか、それともこみあげてくる感情のせいか、目頭が少し熱くなっているのを感じた。
東さんは相槌をするでもなく、返事をするでもなく、ただただ黙って俺の話を聞いている。
「人と比較しても何の意味もないということを知るべきだな。前に言ったかもしれないけど人間ってのは愚かな動物で、すぐに他人と優劣をつけたがる。それは自分を認めてもらいたいというエゴであり、自己承認欲求というつまらないプライドなんだ。それをバネに成果を出す人もいるけど、それって他人の目が原動力になっているだけなので、本来の自分の姿じゃないし、自分の内側から湧き出てきた活力じゃないんだ。だから長続きしないし、続いたとしてもどこかで失うものもが必ずある」
「じゃぁどうすればいいんでしょうか?」
「簡単さ、楽しめばいいんだよ。楽しんでやっていれば他人と比較することなんてないし、他人のことなんて気にならないだろう、つまり自分自身で楽しいからそれをやる、ただそれだけのことさ」
東さんの言葉を一語一句、噛みしめるように反芻していく。
「人それぞれ顔が違うように、他人と比較することなんて全く意味がないんだよ。一人は一人だということを人類が過去の歴史から行っていたら、争いもなく今とは全く違う世界を築き上げていたはずだ。今からでも遅くないし1人でも多くの人がこのことに気が付けばいいのさ。そうすれば他人と比べるのではなく助け合うという行為に自然となってく・・・」
「昨日ホールで帰り際に大勝ちしている人を見て自分は妬みました」
「そのとき心の中で『おめでとう、楽しんでね』と言えばいいんだよ」
「そうですね・・・できるかなぁ」
「できるかなぁではなくて、意識してするんだよ、意識してね」
「わかりますけど、それを続けていればその先には自然に言うようになっている自分がいるんですか?」
初めて俺は東さんに盾突いたような、強い言い方をしてしまった。
一瞬口元を緩めてニヤッとしたような表情を浮かべた東さんは、一呼吸してからこういった。
「負けが続き、自分の思い通りにならなくて疑心暗鬼になる。そして自分の今の状態を変えるべきかとなって迷ってしまう、まぁ当然と言えば当然だね。でもそこに自分を信じるという信念があるかどうかだよ。自分自身を信じた上での変更ならいい、しかし自分を信じず周囲の目や意見、常識とかこうあるべきといった観念に振り回されて右往左往するのであればそれはナンセンスだ。川上君は今自分を信じられているかい?」
ズバリ確信をついた質問をされた。
俺が陥っている状況を一言で言い表せば、まさしく「自分を信じることができなくなってしまっている」ということなのだ。
それまでモヤモヤよした表現できない複雑な感情が、東さんの口から最も適した言葉が飛び出してきたのだ。
「そうなんです、それなんです!俺は自分が信じられなくなっているんです!」
半狂乱のような悲壮感漂う声になってしまったが、もうここまできたら恥も外聞もない。
俺は堰を切ったように思いが噴出していった。
「東さん、俺パチンコって楽しいんでいるときは好きになれるし、勝てるんです。勝てるから好きでいられるのかもしれませんけど・・・でも負けると悔しくて辛くて避けたくなってしまうのって、どうしてなんでしょう?自分を信じていないからなのは確かにその通りです。自分なりの必勝法ってのがありますし・・・でもそれも負けが込むと自信なくしちゃうし、その方法も間違っているのではと勘ぐってしまうんです。自分を信じるってのがどうしてもわからないんです!」
懇願するように叫ぶ俺は、もはやいつもの俺ではない。
答えが知りたい、ただそれだけで俺は叫んでいる。
「じゃぁ川上君はなぜ俺にそんなことを聞くんだい?なぜ俺にそんな質問を投げかねるんだい?」
「なぜって・・・東さんなら答えを知っていると思うし教えてくれると思っているからです」
「それだよ、それ!」
「えぇ???」
「川上君は俺がその答えをきっと知っていると信じているから尋ねるんだろう、それが信じるってことだよ」
「はぁ~」
「いいかい、俺は確かに君よりも多くの経験をしてきたし見聞きもしてきた。経験ということでいえば俺の方が上だから君の疑問にも答えられるものを持っているという客観的事実からそう思っているのだと思う。君だってこれまでパチンコで勝ってきたし、会社を辞めてからもそれで生活してきたという事実があるじゃないか。何故それをこれからもできると信じないの?君は出来るだろうと未来系で言ってるんじゃない。出来てきたんだから今後もできるはずだよ、という実績という過去形の事実に基づいているじゃないか!それは誰にも変えることの出来ない事実だろう、そうじゃないかい?」
「そうですねぇ・・・」
「じゃぁなぜそれを信じない?パチンコをやるのが好きなんだろう?パチプロ生活が楽しいんだろう?好き・楽しいという事実をどこまでも貫いて追求して行けばいいだけのことなんだよ。難しいことじゃない、誰でもできることなんだ。小さな子供を見ていればそれはわかる。子供は好きなことに何時間でも夢中になって没頭して楽しんでいるだろう、それが遊びであってもその遊びを通じて、そこから成長という果実を受け取っているんだよ。子供だからはっきりとした意識はないかもしれないけど、そこには自分を信じて疑わないから好きな事に集中できるし、今を楽しめるんだよ」
「はい、そうですね、そうだと思います。自分もそんなときがありました!」
「現代人は大人になるにつれ、子供のころの純粋な心がみんな失われてしまうんだ。本当はこうしたい、これが好き、という思いがあるのに、それを一般常識という大衆心理に侵食されて自分らしさを失ってしまう。気が付けば自分の本心とは違う方向に進んでいて、抜け出せなくなってしまう。それに気が付いたときはもうすでに遅く、がんじがらめになっているという始末さ。だからみんな病気になってしまうんだ。もっと前から自分らしくその瞬間瞬間を生きてくることができていれば、病気になることも、がんじがらめになることもなかったんだよ。川上君はそれにもう気が付き始めているじゃないか!もっと自分を信じろよ」
「そうですね、そうします。なんだかすっきりしました」
そう言った俺は心の中ではもう一つ別のことを言っていた。
(自分が好きなことをして楽しむ人生にする、絶対にそうしよう!)
「じゃぁランチでも食いに行くか‼腹減ったなぁ」と東さんが答えてくれる。
この間合いが俺は好きだ!
そして心から嬉しいと思う。
振り返ると真っ白のアウディA7が俺たち二人を見つめて「お帰り、話は済んだようだね」と言ってやさしく微笑みかけている。
オーナーのことを常に見守っていて、それでいて自己主張しない、アウディは実に奥ゆかしくて頼もしいいパートナーだと思う。
そしてこの車、とても表情が豊かだと俺は思った。
【花咲く舞台】
時計の針は間もなく午後の1時を指そうとしている・・・
居酒屋の店内は、夜と違ってランチタイム営業のためアルコールなしで食事をしている人たちばかりだ。
「お待たせしました!」
威勢のいい声で女の店員が、泡をジョッキから垂らしながら頼んだビールを運んできた。
どうやらアルコールを頼んだ客は、我々だけらしく、周囲の視線をちょっと感じる。
かんぱ~い!!
そう言うと周囲の目も気にせずビールジョッキを右手に持ち、一気に麦の香りを流し込んだ。
この店は俺が大学を卒業後、希望の就職先に行けずやむなく入った人材派遣会社でリツと出会い、二人でよく飲みに行った思い出の居酒屋だ。
決まってカウンターに座り、二人で語り合ったあの時は、もうかなり前のことにに感じる。
(会社を辞めた日、リツと二人で慰労会をしたのもここだったなぁ)
そんな想いを巡らせながら、今目の前にいる二人の顔を眺める。
東さんとリツだ。
あれかあもう3年ほど経ったのだと思いつつ、時間の経過が早く感じられるのはその期間が充実していたからだと何かの本で読んだことがある。
相変わらず俺はパチンコ生活を続けているが、何とかやってきているということはそれなりの成果をあがているということだ。
そしてあのあとリツも、俺に倣って人材派遣会社を辞めた。
彼は父親がスポーツ用品店を営んでいるが、長男が後を継ぐ予定で、リツはそのお店との相乗効果を発揮できる事業をしたいと漠然と考えているようだ。
とは言ってもいきなりメシが食えるわけでもない。しばらくは俺からパチンコを教わり最低限の生活費を稼ぎながら、事業とパチンコとの2足のわらじを履くそうだ。
俺ほどの眼力はまだないが、それでも十分に生活が成り立っているところを見ると、俺よりも成長が早いと言える。いや、俺の教え方やノウハウが良いのだろう!!!
俺とリツ、二人のパチプロコンビは、パチンコ以外でもコンビを組んだ。
「今日は夜に出番があるんだったよな?」
東さんが俺とリツの顔を交互に見比べながら質問をする。
「はい、18時から結婚式2次会の余興です」
リツがすかさず答える。
「でも新婦さんの友達として出るんですけどねぇ」
俺が少々おどけて付け加えると、東さんは嬉しそうな笑顔で頷く。
最近はこうして三人で集まることが結構多い。
東さんも今日はオフなのでビールが飲めることがうれしいそうだ。
俺と東さんとリツの3人がこの居酒屋で集うのはもう何度目だろうか?
俺はリツが半パチプロになって間もなく、東さんに彼を紹介した。
それ以来、何かと三人で話すようになり、いつしかリツも東さんを人生の師と仰ぐようになっていった。
リツが東さんを師を仰ぐのなら、俺は東さんをメンターとして崇めよう、そんなことを以前言って三人で大笑いした時、東さんがポツンと一言、こんなことを言った。
「君ら二人は波長が合っている、二人で漫才でもやればいいコンビニなるぞ、きっと」
以前、東さんの何気ないこの一言が、俺の心に、そしてリツの心を動かした。
二人の心に響いた東さんの言葉は、行動力として見事に変換され、瞬く間にことを進めていった。
ろくなネタもないくせに結婚式の余興やパーティーの司会進行役で俺たちは、「パンジー」というコンビ名で人前に立ち、ちょっとしたお小遣い稼ぎをするようになっていったのだ。
人を笑わせる快感と、人とつながっている実感は、俺にもう一つの人生の場を与えてくれるようになった。
でも俺に、いやリツにとっても漫才は、生活のためでもお金のためでもない。
俺たち二人にとっての漫才とは、自己実現をするための場であり、波長と息があっていることを実証する手段であり表現なのだ。
事実、俺たちは綿密なネタの打ち合わせなどほとんどせず、大まかな話の構成を確認するだけで、後はぶっつけ本番でうまくいってきた。
東さんが見抜いていた通り、俺たちは実に波長があったからこそ、ろくに稽古もせずぶっつけ本番でも笑いが取れたのだと思う。
今日は午前中、俺とリツはいつものよう開店と同時にパチンコを打ち、二人とも負けた後、東さんと合流して、夜の舞台までの間こうして昼間からビールを飲んでいるのだ。
最近、パチンコで負けても楽しく感じられるようになった俺は、そんな時に飲むビールでうまく感じられるようになってきた。
(俺も一応、成長はしているようだな)
ちょっとした安堵と満足感を味わいながらジョッキを一気にあけた。
その日の2次会は、新婦側の友人という立場で、知り合いが何人かいるからやりやすいと言える。全く知り合いがいない場で余興したもののダダスベリした時は、苦い経験というよりも一周回って笑うしかなかった事を今でも忘れない。
出番と言っても10分位だし60人ほどなので、ステージから見渡せば来客の一人一人の表情が鮮明にわかる。
今日は俺たちのほかに、新郎側の大学サークルの友人も余興をするらしい。
新郎は早稲田大学の体育会系を卒業したらしく、恰幅も良いし愛想も良い。ステキな男性に見初められたものだと新婦を関心しつつ、新郎側の来客テーブルに目を向けた。
新郎の友達であろう面々は、垢抜けておりスーツも決まっていて、ノリも良く子気味に踊っていたり女性の腰に手を回して話し合っていたりした。
(どんな余興をするのだろう。俺たちはスベって彼らはウケたらカッコ悪いな~)
俺は少し臆してしまったが、リツはあまり気に止めていない様子で、「新郎新婦の控室へ行こうぜ!」と声をかけてきた。俺はこの場から離れたい気持ちもあったので、すぐに頷き場所を離れた。
コンコン
俺がノックをすると、中からハイ!という元気な声が聞こえてくる。
「失礼します」
俺とリツは声をそろえてドアを開けると、リラックスした新郎と、結った髪が気になるのか、一瞥してすぐに鏡に向き直す新婦が見えた。
「よう!パンジーちゃん!」
新郎が手をあげてにっこりと笑い、それに続いて新婦も「今日はよろしく~」と普段より高いキーで声をあげた。ただ顔は鏡越しの髪を見たままだ。
ドアを後ろの手で絞めたリツは、俺の横に立って二人に深々とお辞儀をする。
「本日はおめでとうございます!一生懸命盛り上げて2人を祝うので、よろしくお願いいたします(^^♪」
俺たち二人は深々とお辞儀をした。礼儀礼節を重んじる俺たちなので、お辞儀の深さと長さに新郎が驚いた様子で
「ちょちょ、何を言うてるんですか。こちらこそ本当に宜しくお願い致します」
ほぼ初対面なのに先ほど「よう!パンジーちゃん!」と気さくに声をかけたのが気まずくなったのか、座っていた新郎がそそくさと立ち上がった。
これまで何度となく結婚式披露宴や2次会で余興や司会進行をしたが、この新郎新婦へのきちんとした挨拶や対応で、次の余興の依頼を頂いたりとなっていることにほぼ間違いない。
事実、悪夢のようなダダスベリした余興でさえ、その後の対応で後日司会進行のお仕事をもらったのだ!
「本音を言うとね、正直僕たち新郎新婦側からしても余興や人前で話すことに慣れている人にお願いした方が超心強いんだよね。ほら、たまにあるでしょ!?ダサい余興とかって。サプライズで何かされたとしても、ダサかったら驚かないじゃん!それから思ったら、お金を払ってでもパンジーのお二人に頼んだ方がイイんですよ!」
新郎の聞きなれない標準語が鼻に触ったが、僕たちはそんなことはどうでもいいのだ。
「僕たちに声掛けしてもらって、ありがたいです!本当にありがとうございます!」
いったん顔をあげたが、俺とリツは再び深く頭を下げ、自分の足元とにらめっこする。
「そんなにかしこまらんといてやー。この後もきっちりとお願いねー!そしてウチらの事を、これからもよろしくお願いします。今日も思いっきり盛り上げて楽しんでくださいね~」
新婦の少しズレた発言は、天然というのか、それとも別の意図があるのか・・・ということを考えてしまう俺だが、通例となっている挨拶が終わって控室を出ると、舞台とは違う緊張感が一挙に襲ってきた。
「そうだな、楽しもうぜ!」
リツのことばは俺の緊張をほぐすのに最高の効き目を持っていることを知っている。
「よっしゃぁー!じゃぁ今日も楽しもうっか!」
そういって二人で背伸びをした。
小さな2次会会場にはそれぞれの面持ちで新郎新婦の友人がひしめき合うように座っている。
その姿は明らかに「新郎新婦をお祝いしよう」という準備が整っているのが、傍から見て良くわかる。一方で結婚式2次会では付き物の、酒席ではあるものの周りとの距離を図っていたり出会いを求め物色している面々もいるようだ。
余興って一体何をするんだろ?
話で盛り上がっているから、余興やビンゴゲームはいらないんだよ!
参加者から様々な思いがヒシヒシと伝わってくる、この瞬間が緊張でもあるが、興奮もするし快感でもある。
司会者の話しの後、ゆっくりと赤いどん帳が左右に引かれて、ステージ中央にはスポットライトを浴びた一本のスタンドマイクが立っている。
どん帳が開かれると、観客の表情が一斉に良く見えるようになるのが舞台裏から見ているとよくわかる。
いよいよ始まる舞台に、誰もがワクワクする瞬間だ。
(買ってきたばかりのCDをセットして、スピーカーから流れ出る最初の音を聞く瞬間のワクワクと一緒だ)
そんなことを思い浮かべながら俺とリツはステージ中央に向かっていくのだ。
自分たちの持ち時間であるステージは、あっという間に終わってしまう。
はじめてステージに立った時は、緊張で何をしゃべったのか、きちんとできたのか、そんなことさえも記憶しておらず、客観的な判断も出来ないありさまだったが、最近はこなれてきたのか、本番中でも観客の反応を観察することが出来るようになった。
今日の余興はそこそこの手ごたえがあった。
客層も比較的関西の方が多いということも功を奏したのかもしれないが、ほとんどの人が表情を緩めてくれた。
次の日の朝早くに新郎新婦の連名でお礼のLINEが長文で来たが、いわゆるコピペではなく、俺がボケた「ケースバイ・ケースバイ」という九州弁ギャクを交えて書かれていたこともその証だ。
俺たちのステージは、良くあるようなツッコミ役がボケ役の頭をたたいたりド突いたりということはやらない。
これは俺たち二人のポリシーのようなものであり、パンジーの特徴だ。
漫才ではそれが当たり前のように行われているが、俺もリツもその行為があまり好きではない。
相手を馬鹿にし、卑下しているように感じてしまうことで、人間の優劣をつけているような行為に見えてしまうため、俺たちパンジーでは一切やらないということが自然の公約となっていた。
だから俺たちのステージは漫才というよりは、完全なお笑いであり、アクションもほとんどなく淡々と二人が言葉で掛け合うだけの会話のようなものだ。
だからこそ、話の内容のクオリティには気を使っているし、その分自信もある。
笑いさえ取れれば何でもいい、という考えではなく、時事ネタや世相も加えた万人受けするような、そんなお笑いである。そして新郎新婦の友人のみが知っている様な身内ネタは極力入れず、晴れの日に相応しい明るく楽しい話をする事に気を付けている。
そんな自分たちのスタイルが確立できていることを非常に誇らしく感じられている、という共通認識があることを以前俺とリツで話し合ったことがある。
あの時もいつもの居酒屋のカウンター席で飲んでいた時だった。
パンジーというコンビ名も決まっていたが、どんなスタイルのお笑いをやろうか、というコンセプトを話し合っていた時だった。
今売れている芸人のスタイルをまねしたり、一発芸的なこと、もしくはオーソドックスなスタイルなど、どんな方向性でステージを盛り上げようかと真剣に悩んでいた時だった。
「結局さぁ、パチンコもそうだけど、何事にも自分なりのアレンジを加えるから単調なことであっても楽しくなるじゃん」
リツの言葉は俺を納得させるには十分な内容だ。
「確かにな。大負けしている時なんて、もう『何やっているんだ俺は!』って投げやりな気持ちになっちゃうんだけど、そんな不安な時でさえもドラマの主人公になった気分で俯瞰的に自分を捉えてれば、『負け』も案外楽しく感じちゃうんだよな」
俺の言葉にリツは「わかる!わかる!」と大げさなジェスチャーを交えて返事をする。
「人生一度きりってことは、当たり前だけど全く同じ日なんてないし、全く同じ瞬間もないじゃん。今は人生でたった1回しか味わう事出来ない瞬間なんだから、楽しんだもの勝ちってことだよな」
こうして俺たちパンジーは、誰をまねるとか参考にするではなく、自分たちのスタイルで自分たちが納得し楽しめるような芸風をどんな時も貫いていこう、ということに決まったのだ。
「それでウケなければそれはそれでいいよな。お笑いだけがすべてじゃないしな!」
俺とリツの関係が更に深まった瞬間でもあった。