フィーバー税理士 ランチにて

【ランチにて】
レストランの扉を開けると、お世辞でも広いとは言えないものの内装や調度品はそれなり
のこだわりと統一感があることが、素人の俺でもわかる。
その店内の一番奥にオッサンの姿があった。
すでに席に着席して女性の店員と何やら談笑していたが、俺と目が合うとにっこりと笑っ
て手招きをする。
店員にも促され着席した席には、すでに水が注がれたおしゃれなグラスが置かれてあった

「さぁ、好きなものを頼んでくれよ。といってもここのおすすめはハンバーグステーキな
んだけどね」
オッサンの屈託のない温厚な表情はまるで子供のようであった。
「あっ、は、はい。じゃぁそれでお願いします」
「若いんだからなんでも食べれるよな。よし、じゃぁハンバーグステーキのランチセット
を2つね」
メニューを受け取った店員がはけると、オッサンは俺をじっくりと見つめてゆっくりと話
し出した。
もちろんあの子供のような笑顔のままで。
「君とこうして会うのは2度目だね。あれは確か3年前だったよな。あれから3年かぁ
・・・ところで急に誘っちゃって申しわけなかったね。なんだか君とは3年前に会ったと
きにも感じたんだけど、なんか縁を感じるんだよなぁ」
まくしたてるように一気に話すオッサンは、結構話好きなのかもしれない。
「は、はい・・・3年前のあの時、俺は確か北斗の拳を打ってて、ちょうどトイレでお会
いした後に大当たりが来たのをよく覚えています」
「はっ、はっ、はっ、そうだよ、そうだった、そんなこと言っていたね」
「はい、だから俺にとっては福の神に思えてしまって・・・あっ、えっとなんてお呼びす
ればいいですか?」
このままランチを食べながら会話していくことを想像すると、オッサンのことをどう読ん
だらいいのかきっと戸惑ってしまうであろうことは容易に想像がついたので、俺は恐る恐
る聞いてみた。
「おぅ、失礼、失礼。私の名前はひがしやまてるというんだ。京都東山の東山に照明のて
るね。君は?」
「俺はかわかみくろとと言います。山川の川に上下の上、くろとは素人の反対の玄人と書

いてくろとです。」
大学卒業後に入った人材派遣会社で、営業に回るときに必ず自己紹介をするのだが、その
とき相手に印象を少しでも残せるように簡潔でわかりやすく自己紹介をするようにと指導
され、覚えたフレーズをよどみなく言った。
「いいね、いいね、川上君かぁ、なんかいいものを持ってるね、君は」
何がいいのかさっぱりわからないかったが、人材派遣会社に入社して得た唯一の経験が、
よどみなく自己紹介ができることであったということを今気が付いた。
「なんてお呼びすれば・・・」
「おぅ、そうね、俺のことは東山さんと普通に呼ぶ人もいるけど、ちょっと言いにくいよ
うなのでほとんどの人が東さんとかテルさんって言ってるなぁ・・・」
さすがに俺のような分際でテルさんとは呼べるわけがない、しかも3年前に一度会ってい
るとはいえほとんど初対面みないな関係なのであるからなおさらだ。
「じゃぁ東さんと呼ばせていただきます」
「おぅ、いいね、いいね、それでいいよ」
短い時間でオッサンの口癖が何であるかすぐに知ることができた俺は、手元のグラスで水
を一口ふくんだ。
そしてこの後、オッサンの正体を知ることになる。
オッサン、いや東さんと俺はハンバーグステーキを食べながら会話を続けた。
と言ってもその大部分は東さんが一方的に話し、聞かれたことに対して俺が少し言葉を返
す程度だったので、8対2くらいの割合で東さんがしゃべっていた。
東さんは、今年55歳で、実はあのパチンコホールの経営委託を受けているコンサルタン
ト会社の社長さんだと聞いて、これまでのことがすべて合点できた。
もともとは年商80億円の会社を経営していたものの、資金繰りが悪化し大変な経験をさ
れてきたらしく、借金がピークで20億円もあったというから驚きだ。
俺も自分のこれまでのいきさつを、非常にコンパクトにまとめて伝えたが、あまりにもコ
ンパクト過ぎたのではと心配したが、さすがは人生の大先輩、東さんは表現力の乏しい俺
の説明でもすぐに俺のことを理解したようだ。
「川上君さぁ、人生に大切なものってなんだかわかるかい?」
「大切なもの・・・ですか?」
「そう・・・まだ若いから答えられなくても仕方がないけどね。じゃぁ質問を変えよう。
川上君はなぜパチンコをするんだい?勝つかどうかもわからない勝負に?」

「何でですかねぇ・・・負ける時もあるけど、でも勝てる時もあるっていう根拠のない確
信みたいなのがあるからでしょうか」
「ほぅ、さすがだね、いいところに気がついているね。そう、負けもあるし勝ちもある。
それを知っておくことが大切なんだよ」
東さんは手に持っていたフォークとナイフをおいて、俺をじっと見つめ直した。
これから重要な話をするぞ、というサインだ。
「人間ってのは勝ち負けが好きな動物なんだよ。会社同士や仲間同士でも競争しあって勝
った負けたという事を決め優劣を作りたがる。でもそこで考えてみてほしい、本当に相手
を負かせて自分だけが勝つのが良いのだろうとね。別の言い方をすればwin-winにはできな
いのかとね」
(理屈はわかります。でも資本主義社会がそもそも競争原理で成り立っているものだし、
競争によって淘汰と進化が起こるのだと学校で習いましたよ、と俺は口には出さず頭の中
で言った)
「結論からいえば、競争せず共に勝つことは可能だなんだよ。でもよほど意識していない
とついつい勝ち負けの心理に巻き込まれてしまうものなんだ。まずは相手を勝たせること
で自分も勝つことが出来るような関係を築くことが重要なんだ。それを心理学用語でいう
と『ラポールの構築』というんだ」
「なるほど・・・」
いまいちピンとは来なかったが、そう答えるしかなかった。
「最初の質問に戻ろう。人生で大切なものっていう質問にね。ここまでの話を聞いて何か
浮かんだ?」
「そうですね、幸福ってことですかね・・・」
どう反応するのか、怖さと好奇心で言ってみた。
「幸福、そうだよね、それとても大切なことだよ。じゃぁ幸福、つまり人間の幸せって何
だい?」
「う~ん・・・」
言葉に詰まった俺に助け舟を出すかのように、間髪入れずに東さんが説明してくれる。
「幸せには四つの要素があると思うんだ。それは『経済』『家族』『健康』『自己実現
の4つね。これらのどれが欠けてもいけないし、1つだけ飛びぬけてもダメだと思う。4
つを等しくバランス良く持てることができれば人は幸せを感じるというのが俺の経験から
得たものなんだ」
そういって東さんは再びナイフとフォークを手に取った。
「東さん・・・何で俺みたいな社会からドロップアウトした人間にこんなこと教えてくれ

るんですか?」
「迷惑かい?」
ちょっと驚いたような表情を一瞬見せたものの、すぐにあの穏やかな笑顔になって東さん
は聞き返してきた。
「い、いや、とんでもないですよ!聞き入ってしまうほど今の俺にとっては染み渡るお話
ですし、とてもありがたいと思っています。ただなぜ俺なんだろうかって・・・」
「それがご縁っていうやつだよ」
「ご縁・・・ですか」
「俺もなぜこうしているのかわからん。ただ俺の本能がそうさせているんだ。3年前に君
と偶然遭った時も君から何か感じるものがあった。そして再び今日再会し手もその感覚は
一緒だった」
「ありがたいです、ほんとうにありがたいです」
なぜこみあげてくるものを抑えながら、それを東さんに気づかれないように俺はハンバー
グステーキを必死になって口に運んだ。
少しの沈黙のあと、おもむろに東さんがこう言った。
「最初の女房との間に初めて子供ができたとき、それが男の子だとわかって俺は大喜びし
たんだ。でもその子は生まれて間もなく亡くなってしまったんだよ。その子が生きていた
らちょうど川上君くらいなんだよなぁ」
「そうだったんですか・・・」
こういった時は何か慰める気のきいた大人の言葉をかけるべきなのだろうが、それ以上の
言葉を発することが俺にはできなかった。
東さんは、最初の奥さんとはそれがきっかけで離婚をし、その後再婚したもの、その人と
も離婚をしたので自分はバツ2であるとのことだった。
20億の借金といい、そんなことも隠すどころか明るく話してくれる東さんに俺、これま
で他人に対して一度も感じたことのない親近感を感じていた。
東さんは俺を死んだ子供のように感じているらしいということはわかったが、俺は俺で亡
くなった親父と話しているような感覚を抱くようになっていった。
お互いに引き付け合うべくして引き付け合ったと考えた方が自然だろうし、とにかく今の
俺には東さんの言葉がとてもよく染み込むし、それをもっと吸収したいという願望が生ま
れつつあった。

パチンコホールの委託経営業務は、東さんの会社で専属で行っているようだったが、その
おかげで業績も上向いてきて、東さんもそれには満足しているようだった。
それでも失敗しするリスクとも常に背中合わせなので、事業をするということはなかなか
安心はできないとも語ってくれた。
「俺もこの仕事をするまでは多くのことを経験してきた。そして何度も失敗を繰り返して
きた。最初は思うように成果も上がらず、そのたびに俺は成果を出せなかった理由を探し
ていたんだよ。つまり言いわけをし続けていたということだな。言い訳は成果の反対語な
んだってことにあるとき気が付いたのさ。そんな言い訳ばかりを繰り返している自分に嫌
気がさして、言い訳をする時間があるのならその時間を成果をつかみ取るために費やそう
と考えを切り替えたんだ」
「そうなんですか・・・素晴らしい気づきですよね」
「そういってくれるとうれしいなぁ・・・でも気づきといっても結構な年になってからだ
からまぁあまり褒めらるほどじゃないけどな」
そういいながら東さんの顔が一瞬曇ったのを俺は見逃さなかった。
お皿にあった最後の一口をゆっくりと口に運び、何かを考えながらじっくりと咀嚼をして
いた東さんは、それをゆくっりと飲み込むと、水の入ったグラスに手をかけ口に含む。
その一連の動作はまるでスローモーションのように、俺の目にはゆっくりと映った。
「川上君さぁ、『死』って考えたことあるかい?」
「えっ?『死』ですか?」
「そう、『死ぬ』ということをさ」
「いやぁ、具体的には・・・」
「そうだよなぁ、当然のことだ。実は俺、過去に2度自殺未遂をしているんだよ」
「えっ、まさか・・・」
「いやほんとうなんだ、こう見えてもね」
まるでいたずら小僧のような大胆不敵な笑みを浮かべて東さんは俺を見つめた。
「借金が20億もあって、債権者から押しかけられるわ、従業員に給料払わなければいけ
ないわ、女房からは愛想つかされるわの八方ふさがりだったんだよ、あの時は。俺には存
在価値がないと思って死を選択したんだ」
「ロープに首をくくって、さあ死のうってときに、ロープの根本に縛っていた柱が折れて
ね、神様が俺を死なせてくれやしなかったんだ」
「そんなことがあったんですね・・・でも・・・」
俺は言葉に詰まり、何も返せなかった。

「理解してくれる人がいるってのはうれしいもんだよなぁ。君も君なりに昔はいろいろ辛
い経験をしてきたことを俺に打ち明けてくれたから話すけど、まぁ一般的には波乱万丈壮
絶人生と言えるかもしれないな、はっはっは・・・」
今の東さんから自殺未遂なんて言葉は想像もできないほど、自信と確信を抱いている堂々
とした雰囲気しかない。
そんな東さんが過去とはいえ自殺を考えるほど追い詰められたことがあるというのだから
、想像を絶する状況であったに違いない。
「東さん、偉そうなこと言える立場じゃないですけど、今の東さんは凄いですよ。立派で
す。自信と気迫にあふれていて・・・過去のことなんて関係ないっすよ。今がすごんだか
ら・・・俺、正直言いますけど東さんに憧れ感じています。俺にないもの、俺にかけてい
るものをしっかりと持っていらっしゃるので・・・とにかくすごいと思います」
まくしたてるように俺は言葉を放った。
早く話さないとその言葉が消えてなくなってしまうような恐怖のような感覚があったのだ

そして東さんに1秒でも早くこの思いを伝えないといけないという焦燥感も感じていた。
「川上君、君とは初めて会ったような気がしないなぁ。前世で一緒だったのかもしれない
な・・・」
東さんのその時の気持ち、そして今の気持ちが何となくわかった。
わかるというより感じるといった方が正解かもしれない。
それが東さんにも伝わったのだろうか・・・
「自分が乗っている客船が沈没するとしたらどうするか?っていうたとえ話がよくあるよ
ね。救命ボートには限られた人数しか乗れないとしたら、建前では女性や子供を優先する
だろうけど、本当にそうだろうか?究極の状態に陥ったときの人間って人を押しのけてで
も自分だけ助かりたいと思うことは当然のことだと思うんだ。その人には『生きたい』と
いう強い願望があるって証拠だからね」
言いたいことが分かった。
自殺を考えたかつての東さんには『生きたい』という意欲がなかったということだ。
いや違う・・・
意欲がなかったのではなく、意欲はきっとあったのだ!
でも償う気持ちと自分を認めないという考えが『死』を選択したということなのだ。
「人が『生きる』という選択はとても尊いものであり、『生きたい』と思うことはとても
大切なことなんだ。そして自分をどう生かすかも非常に重要なことだ!」
東さんの言葉はこれまで聞いた誰よりも重く、そして貫禄があった。
【友の苦悩】
東さんから貰った名刺には「株式会社イースト経営マネジメント 代表取締役 東山照」

と書いてあった。
簡単に言えば東さんの会社は経営コンサルタントであって、パチンコホールのオーナーか
ら委託されて専属でコンサルを行っているということだった。
名刺の裏には経営コンサルタントの他にも「人の人生をサポートするライフビジョンアカ
デミーの主催」など様々な事業が書かれていた。
そんな東さんの一部始終を知ったことで、俺の関係はこの日以来一気に縮まったのは言う
までもない。
東さんであれば自分のすべてをさらけ出してもかまわない、いやむしろ知ってもらいたい
という衝動に駆られていた俺は、自分とは違う世界で生きてきた東さんに対し一種の憧れ
を抱いていた。
「こういった話ってとても貴重でありがたいです。自殺した父とこんな話ができたらいい
なぁという願望を何となく抱いていましたから・・・」
「じゃぁこれからは俺を心の父と思えばいいじゃないか!遺伝的な血のつながりはどうし
ようもないが、心の想いとしてそういう関係を築くことは全く問題ないしね!」
俺はもしかしてこの言葉を東さんの口から聞きたいと思っていたのかもしれない。
それが証拠に俺はこの言葉を聞いた途端に再びこみあげてくるものを感じたからだ。
「ありがとうございます。これからいろいろ教えてくださいっ!」
「喜んで!俺でよかったらな!」
その時の俺はきっと目の前の父親に対し純粋無垢な子供のように、東さんを尊敬のまなざ
しで見ていたに違いない。
それからというもの俺は、パチンコをしにパチンコホールに通うのではなく、東さんに会
いたいがためにホール通いをするという目的に変わっていった。
もちろん東さんと会える時もあれば、会えない時もある。
会えない時は一人パチンコと向き合って大当たりを目指し、会えた時は仕事の邪魔になら
ない程度に東さんとランチをしたり喫茶店で話をした。
何度か夕食に誘われていったのだが、いつも目から鱗のステキな話を東さんはしてくれる

本人はいたって普通に話をしてくれるのだが、先の自殺未遂の時のようにその内容は俺に
とっては衝撃的なことばかりだった。
そんな内容でも東さんは他人事のように楽しそうに笑って話してくれて、最後にそこから
何を学んだかを丁寧に俺に話してくれる。
例えばこんな事だ。彼女との(こんな俺でも彼女がいたのだ)ほんの些細な事でケンカし

た日のランチで東さんに報告したら、パートナーシップについて話をしてくれた。
それはこんな内容だった・・・
東さんは2度の離婚歴があるが、どちらも自分に非があると認めているが当時はそうでは
なかったらしい。
自分のイライラといった感情を奥さんにぶつけ、奥さんはそれに耐えかねたことで離婚に
なったらしいが、その時まで奥さんというものは旦那さんの感情のはけ口になってもある
意味仕方がないし、その役目を担っているものだと考えていたとのことだ。
結婚したことがない俺にはいまいちピンと来なかったが、こうあるべき論で凝り固まって
いた東さんは、奥さんに優しい言葉もかけてやれず仕舞いだったので今となっては詫びた
い気持ちでいっぱいだと言っていた。
その時だけは少々さみし気な感じを初め東さん俺の前に出した。
それがとても切なくて俺は自分に何かできないかと必死で考えたが、結局いい考えは浮か
ばなかった。
そして2度の離婚で学んだことは、人は一人で生きていくことが難しく、助け合っていく
ことが大切だということであると東さんはしみじみと語ってくれた。
「人間ってのは、誰もが成長したいという本能的な願望を持っているんだよ。そしてより
大きな成長をして成果を掴むためには一人では難しいものなんだ。常にとは言わないが時
にはパートナーの存在が必要になるときもある。ただここで言うパートナーとは単なる役
割分担ではなく、存在こそがモチベーションになるような心の関係を持つという意味なん
だよ。つまり協力者である前に理解者であるということ。お互いを理解し合っていれば何
事も割合で分担するのではなく、お互いが得意なところを認め、苦手なところをカバーす
るといった持ちつ持たれつの関係ができる。そこには信頼と確信があるからちょっとした
ことでは揺るがない関係性ができるんだ」
「恋人同士や親友という関係なんてまさしくそれですよね。語らなくても相手の気持ちが
わかるっていうようなことなんでしょうね」
「そう、そう、まさしくそれ!」
東さんは俺の反応がうれしいようで、意気揚々と話を続ける。
「役割分担のためのパートナーだったら、50対50の物理的仕事量ばかりに気を取られ
てしまい、相手を思いやる気持ちがないがしろになってしまうし、仮に仕事ができたとし
ても100の仕事をいかに効率よくこなすかという部分にしか目がいかないけど、信頼関
係のあるパートナーとだったら、タスクの割合は関係なくお互いの特性をどう活かすかと
いう観点に目が向くから、結果的に100ではなく150、200といった成果を出すこ
とになるんだよ」
「伸びている会社やうまくいっている家庭ってのはそういう関係で成り立っているんです
ね」

「そうなんだよ、だからお互いを認めるし感謝もする、そして愛おしくも感じることにな
るんだ」
「結婚はまだですけど、わかる気がします」
彼女の事を考えて、次に会ったら真っ先に謝ろうと思った。
そして次に俺は唯一の親友である前田のことを思い浮かべた。
そういえばあいつどうしているだろうか?
最近の俺は東さんに傾倒してしまっていたので、LINEでやり取りはしているものの前田を
ちょっとほったらかしにして久しく会っていないことに申しわけなさを感じた。
(あいつも俺にとっては大切なパートナーだしな・・・)
そうつぶやくと俺は今晩前田に電話してみようと心に決めた。
久しぶりに聞いた前田の声は、なんとなく元気がないように思えた。
「最近ちょっと疲れ気味なんだよ」
電話の向こうでそう言いながらも、お互い会いたい気持ちが高ぶっているのがわかる。
「今週末にでもまたいつもの居酒屋に集合するか?」
「プロから誘うなんて珍しい・・・お前からの貴重なお誘いに断るなんてできねーから、
もち行くわ」
前田は嬉しそうだ、そしてもちろん俺も嬉しい。
「リツの都合のいい時間でいいよ。俺はどうにでもなるから」
律太だからリツと呼んでいるが、あまりにも平凡だなぁと思った。
(もし一緒にお笑いコンビでも組んだらどんな愛称にすればいいのだろうか?)
そんなことをぼんやりと考えながらも、明後日の週末夜7時に会うことになった。
久しぶりに会えることと、会社を辞めてから全く埋まることのないスケジュールに予定が
入ったことのうれしさもあって、小躍りしたい気分になった。
そして東さん同様に、リツも俺にとっては大切なパートナーであることも、その喜びに拍
車をかけた。
週末金曜日の夜7時、いつもの居酒屋のいつものカウンター席、テーブル席が満席でもこ
のカウンター席はだいたい空いている。
と言ってもそんなに頻繁には来ないのだが・・・
見覚えのある社章をつけたスーツ姿のリツを見つけた俺は、久しぶりに実家に帰ってきた

ような気分になった。
「よう!」
「おう!」
リツのいつものあいさつに俺は応える。
「なんかプロ、会社辞めてからいい感じになってきたなぁ」
「どこが?」
何を言い出すのかと思いきや、リツの目にはそう映っているらしい。
「まぁ自由を満喫しているし、縛られるものもないからなぁ・・・」
「それもそうだけど、この間プロがLINEで言っていた『スゲー』って人との出会いが影響
が大きいと俺は踏んでいるんだが、違うかい?」
「うん、それはある。いや、間違いなくその通りだ!さすがはリツ、お見通しだなぁ」
「そのスゲー人の話、今日はじっくり聞かせてもらうぜ」
「オーケー!その前に何飲む?とりあえず・・・」
俺の質問に答えるどころか、向こう側にいた店員を捕まえて「ビールジョッキ、大を2つ
」とすでにオーダーしているリツの背中を俺はほほえましく眺めた。
(やはりこいつは俺にとって大切な親友であり信頼できるパートナーだ)
この日俺はリツに、東さんとの出会いから、これまで話をした内容、そして学んだことを
ひとつひとつ説明していった。
もちろん東さんのセンシティブな内容も、以前東さんにリツの存在を話した時に「いずれ
ご紹介します」と言った時に、自分のことをリツに話してもいいという承諾を東さんから
もらっていたこともあって、安心してリツに話ができた。
リツは言葉少なめに俺に話を真剣に聞いていた。
時折「へぇー」とか「ふ~ん」という相槌はいれるものの、基本的には聞き手に徹してい
た。
一通り話し終えたところで俺はリツに聞いてみた。
「ところでリツさぁ、さっきっからじっと聞いているけど、実はこんな話あまり興味ない
んじゃないのかい?」
ちょっと疲れ気味のリツからすれば自分の話しを先に聞いてほしいと思っていたのではな
いだろうかと心配になった。

ビールを一口飲んでから、少々赤らんだ顔でリツは俺に身体を向けて言った。
「そんなことはないよ。むしろ楽しんで聞いているよ」
「楽しい・・・のか?」
「もち、楽しいさ。だってプロがイキイキと話している姿を見るのは実に楽しいし、気分
がいい。お前を通して俺も東さんと会っているようなイメージがするから、東さんの姿が
結構リアルに想像できるんだよなぁ」
「へぇ~」
そっけない返事をした俺だったが、リツの言葉はとてもうれしかった。
そしてリツは続ける。
「プロはやはり会社辞めて正解だったな。今お前は人生をしっかりと生きてるって感じが
する。誰にも邪魔されず、本当の自分自身でしっかりと歩んでるって感じが、今日あった
ときすぐにわかったよ。今はパチプロ生活で見方によっちゃあニートと変わらないのかも
しれないけど、それだって別に悪いことじゃないし、今後の人生に絶対役に立つはずだか
らな」
「ありがとう、リツ。お前はおれの数少ない理解者だよ」
「なんだよ、改まって・・・飲みが足りないんじゃないのか?」
そういって俺たちは再びビールを注文し今日二度目の乾杯をした。
それは二人の永遠の友情に対しての乾杯だ。
二度目の乾杯を済ませると、まるで攻守入れ替わったように、リツは途端によくしゃべる
ようになった。
会社勤めという現実になんの夢も希望も見いだせなくなってきたこと、人生を考えるとこ
のままでいいのかという自問自答を繰り返す毎日であること、そして自分が何をしたいの
か何に向いているのかが全く分からないこと、そんなことを話してくれた。
俺と違ってリツは仕事もできるし人とのコミュニケーションだってうまい。
そんなリツでさえも悩ます現代社会っていったい何なのだろうと、俺はぼんやりと考えた

(先進国とかいってもそれは資本主義という幻に魂を売った抜け殻の集まりなのかもしれ
ない・・・)
「でもリツは仕事もできるし会社から認められているんだから、やっぱ凄いよ。俺なんか
認められたことなんか一度もないんだぜ」
今だから笑い飛ばして言えるが、当時が本当にきつかったことは細胞レベルにまで刻まれ

ている。
「そうじゃないんだよ。下手に認められちゃうと、次々と求められるレベルが上がってい
くんだ。そして俺もそれにこたえなくちゃいけないっていう強迫観念みたいなものが生ま
れてきて、イタチごっごになってしまっているんだよ」
「・・・」
返す言葉が見つからない。
「だからプロのように仕事ができなくて認められない方が見切りもつけられて次の行動に
移せるからかえってそっちの方が幸せなんだよ。現実に今の俺とお前では、はるかにプロ
の方が人生を満喫しているし、充実感があるじゃないか!」
「仕事ができないってのは聞き捨てならないけど・・・まぁそりゃそうかもな・・・確か
に俺は仕事もできず会社にいられなくなったから仕方なく今のような生活をせざるを得な
かったけど、今となっては東さんとも出会えたし、確かに毎日学ぶことが多いよ。パチプ
ロ生活の現状でもそう思う」
「それだよそれ。何も会社勤めが偉いわけでも何でもないんだ。ただの世間体だろ。人生
ってのはいかに自分らしく、そして楽しく成長していくかってことじゃないか。それが今
できていないんだよ俺は・・・」
俺は東さんと初めてランチに誘われて一緒に行ったときに話してくれた『幸せの4要素』
のことを思い浮かべた。
幸せの4要素は「経済」「家族」「健康」「自己実現」の4つであり、これらのどれが欠
けてもいけダメだし、1つだけ飛びぬけててもいいわけではない。
4つがバランス良く持てることがで初めて人は幸せを感じると東さんは話してくれた。
(今のリツには「自己実現」がないんだなぁ・・・)
「リツさぁ、何で俺がパチンコをしてるかわかるかい?」
「えぇ?」
そんな質問は想定外とでも言いたげな表情で俺を見つめるリツは、これまで一度も見たこ
とのない複雑な表情をしていた。
「勝つか負けるかわからないパチンコなんかをさぁ、ずっと同じ姿勢でタバコの煙とうる
さい音の中で健康にだって決していいとは言えない環境に、それでも毎日毎日パチンコに
通う理由って何だと思う」
「ごめん・・・わからん」
「ぷっ!別に謝らなくたっていいじゃん。謝ることなんて何もないぜ。」
リツは本当に困ったような顔をしているのがかえって滑稽に思えた。

「パチンコで生活費を賄っているんだからパチプロって言っていいと思うんだけど、俺は
会社を辞めた時に何となくパチンコを再び始めた時に、パチプロになってこれで生活して
いくしか方法がなかったから、そのとき覚悟を決めたんだ。絶対に言い訳はしないってね

「うん・・・」
リツの頷きは何となく俺に圧倒されているような感じがした。
「多くのリターンを取りたいけれどリスクを取るのが怖いから、現状維持を望むという人
は多い。そして勇気を出してリスクを取ったもののリターンを得れずに失敗するときだっ
てある。そんな時って失敗の原因を周りのせいにしちゃう傾向が人にはあるんだけど、そ
れが言い訳だってことを学んだんだ。つまり俺の場合は勇気を出して会社を辞めたけれど
、次に選んだパチプロとしても上手く行かなかった場合、それを辞めた会社のせいにしち
ゃうようなことは絶対にしないっていうことを心に誓ったってことなんだ。言い換えれば
自分の選択に責任を持つ覚悟ができたってことなんだ」
なんだか自分ではない自分が話しているようで、ちょっと違和感を感じたのは東さんの言
った言葉をそのまま話しているためだろうと思い、恥ずかしさを感じた。
「まぁこれってのも例のスゲー人からの受け売りなんだけどね・・・へへっ」
俺は自虐的に言ったつもりだったのだが、リツにはそう映らなかったようだ。
「確かにその東山さんって人は凄いと思うけど、プロ自身が会社を辞めて大きく成長した
んだと俺は思う。覚悟とか責任とかって言葉をお前は自然に使いこなせているんだぜ!そ
れは女からすれば『チョー男らしい』ってことになるんだよ」
「そんな気配まったくないけどなぁ・・・」
「お前は間違いなく今自分の足で人生を歩んでいると思うよ。俺はそれが心底うらやまし
いと思っている。そしてそんなお前という友人がいることを誇りに思うよ」
「照れくさいからやめろよ・・・」
もしリツの言うように、俺が本当に成長しているのであればその増えた分を俺はリツに分
けてあげたいという気持ちになっていた。