フィーバー税理士 パートナーシップ

【パートナーシップ】

 


親友っていうのは、単に楽しく過ごせる友人ということではないらしい。
まじめな話を真剣にすることができて、本音を言い合える仲というのが本当の親友の姿のだろうとしみじみ思う。
アルコールが結構入っているのに、お互いあまり酔っていないようだ。
むしろこういった話をもっと深く、もっと共有したいという願望にお互い駆られているのがわかる。


だから俺は東さんのことをひっきりなしに話題に出して「東さんがこう言っていた」「東さんがだったらこういう時はこう言うんだ」といったように・・・
そして東さんが俺にいろいろと教えてくれるように、今度は俺が東さんの役目をリツにしてあげている感覚になっていった。
「じゃぁリツ、質問だけど、パートナーってどういう関係のことを指すと思う?」
「う~ん、ウィキペディア的に言えば協力関係とか協調関係っていうことだろうけど
・・・」
「そうだよな。それは確かに正しい。でもそれだけじゃないんだよ。協力関係っていうのはどうしても割合で考えがちだろう?出資比率だとか分担割合だとか、とにかく物理的な分割ばかりに目が行ってしまい、その割合をちょっとでも超えると損してしまうと考えちゃうだろう」
「確かに・・・それはあるな」
「でも本当のパートナーシップっていうのは、そんな縦割りしたような割合分担の関係じゃないんだよ。本当のパートナーシップっていうのはお互いがお互いを認めて、それは良い点も悪い点も含めて理解し合って、その上で同じ志を持って取り組むことなんだよ」
「なるほどね」
「だから足して100になるような関係は本当のパートナーシップとは言わないんだ。本当のパートナーシップだったら足して150とか200、いやもっとそれ以上にもなっちゃうっていう関係性なんだ」
「俺たちのような?」
笑いながらリツは俺の顔を覗き込んだ。
「そう、そうなんだよリツ!その通りだよ!」

俺はなんだかうれしくなってきた。
飲食も忘れてお互いにこんな会話を続けていたら、すでに2時間以上も経っていた。

「リツさぁ、今迷っている時だと思うんだけど、それも必要なこととして迷うだけ迷ってみたらいいんじゃないかと思うよ」
「そうかもなぁ・・・」
「だってさぁ、迷うっていうのも生きていることの証拠だし、人生に無駄なんてないと思うんだよな。必要だからそれがある、必要ないからそれがない、っていうことだと俺、思うんだ」
「確かに・・・」
「東さんが言ってたよ。もし自分の乗っていた客船が沈没しそうになってしまい、限られた人数しか乗れない救命ボートがあったとしたらどうするかってね。深―い質問なんだけどさ」

「う~ん・・・俺だったらまぁ女性や子供を優先するかなぁ?でもその時になってみないとわかんないかも・・・」
「一般的にはそうなるよな。か弱い女性と未来のある子どもを優先するのは当然のことだけど、でも本当は誰もが助かりたいと願っているのは間違いないだろう」
「ま、そうだよな」
「中には女性や子供を押しのけてでも救命ボートに乗ろうとする人がいたって不思議じゃない」
「うん、でも映画だったらだいたいそういうキャラクターはその後死んじゃうんだよな(笑)で沈没船の残った主人公が危機的な状況から脱してヒーローになっちゃうっていうパターン・・・・」
「はっはっ、おいおい先にどんどん行かないでくれよ。映画ではそうなのはわかるんだけどさぁ」
笑いながら俺は応えた。
「何が言いたいかっていうと、人を押しのけてでも生きたい、生き続けたいという願望を持つことは大切なことなんだよ。つまり自分をどう生かすかということを自分なりに考えることが重要だってこと。それは人を押しのけて救命ボートに乗ることも自分なりの生かし方だし、人に譲って沈みゆく客船で生き残りを探るのも自分なりの生かし方だってことさ」

「そっか・・・生存確率の問題ではなくどう自分を生かすために行動するかってことだな」
「そうそう!おっしゃる通り!これが東さんの教えだ」
「悩むのも必要っていったプロの意味が分かったよ」
リツはそう言うと一気に皿の料理を口に放り込んだ。
心なしか元気を取り戻したように感じたのは俺の気のせいだろうか・・・
(リツ、お前は俺の親友だ!悩みも一緒に共有しようぜ!)
書き込むように食べているリツを見ながら、俺は心の中でそうつぶやいた。
まるで子供を見つめる父親のような気持ちで。

リツとの会食は、お互いにとって有益であったことに間違いはないようだった。
すっきりとした表情になったリツは、あの日の別れ際に「もう少し今の会社で悩み続けてみるわ」といって帰っていった。
あの後ろ姿は、まぎれもなく自分自身の選択であり生きざまを感じさせるのには十分だった。
俺は28年間生きていて、初めて人の役に立てたような気がした。
そして俺は再び『東塾』に通うべく、まだまだ多くのことを学ぶためパチンコホール通いの日々を再開させた。

しばらく東さんとは会えていなかったが、東さんともLINEでメールをやり取りする仲になっていたので、会えなくても余計な心配をする必要がない。
今や俺の心の支えは東さんとリツの二人だ。
その二人とLINEでつながっていることは、俺にとって命綱のような感覚であり、日々の生活に安心と自信をもたらしてくれる。
そんな東さんが久しぶりにホールで見かけた。
忙しそうに数人のスタッフと話し込んでいたので、俺は客として目ぼしい台に座って打ち始めた。
(東さんは俺のこと気が付いただろうか・・・)

そんなことを考えていると思わせぶりなリーチが連続してきた。
(そろそろ来るかな?)
そんなことをぼんやりと考えていると、台のハンドルのそばに置いておいたスマホが振動してLINEの着信を知られてくれた。
それは東さんからで、例の洋食レストランに12時集合と短い文のコメントがあった。
俺はハンドルからいったん手を放し「いつもありがとうございます。12時、かしこまりました。喜んで伺わせていただきます」と丁重に返事をした。
東さんとはLINEでつながっているとはいえ、電話で話したことは一度もないし、こんなメールのやり取りを数回しただけだ。
さすがにリツとのやり取りのように東さんとするわけもいかないし、必要な時に東さんから連絡が来るであろうという受け身のスタンスでいた。
東さんとLINEでつながっているという事実だけで東さんに認められているようで、十分満足だった。

12時10分前に俺は通りを渡った例のレストランのドアを開けたら、いつも通りの席にすでに座って新聞を読んでいる東さんの姿が見えた。
「お待たせしてすみません!」
東さんがまさかすでにいるとは思ってもみなかったので、狭い店内を小走りに奥へと進んでいった俺は段差でコケてしまいそうになった。
「おいおい、大丈夫かい?」
あの柔和な顔で東さんが迎えてくれる。
「いやぁ、東さんがまさか先に来ていらっしゃるとは思っていなかったもんで・・・」
「はっはっ、そっか、そっか。でも気にすることはないよ、約束の時間の10分前だから問題ないぞ、川上君よ!」
そういうと席に座るように促してくれる。
GDP成長率、前年同期比より上昇
そんな見出しの新聞を眺めていると、東さんも改めて新聞に目を向けて言う。
「この記事、どう思う?」

この日もまた東さんとの問答からスタートだ。
「そうですねぇ、GDPって国内総生産でしたよね」
「その通り。一定期間で日本国内の経済活動を示す政府の統計だな」
「前年同期比より上昇と言っても、その実感、全くないっすね」
「そうだよなぁ、これって政府が出している正式な統計数値であり経済的な豊かさを示す
代表的なのだけど、確かに実感なんて全くないよな」
「ですよね・・・」
「なぜだかわかるかい?」
「なぜなんでしょうか・・・う~ん、ちょっとわかりません」
「記事の見出しでは『前年同期比より上昇』と書いてあるけど、それは実質GDPのことを指しているんだよ」
「実質・・・あっ、そういえば学校で『実質』と『名目』があるってこと習ました。大学受験の模擬テストでも出た気がします」
「おぉ、さすがは名門大学を卒業しただけあるな!その通りだ。よく見ると実質GDPは上昇していてもインフレ率を加味した名目GDPは上昇していない、つまりこの見出しは単に実質GDPを昨年と比較して書いていつだけだってことだな」
「はい・・・」
ちょっと自信なさげに答えた俺のことをニコッと笑ってから東さんは新聞をたたんだ。
「何が言いたいかって、それは一部分では事実かもしれないが、全体でもそれが正しいということにはならないということなんだよ」
「そうですね・・・」
「特に新聞やテレビというメディアは、良しにつけ悪しきにつけある程度のブランド力という信頼性を持っちゃったから、視聴者はそれを鵜呑みにしてしまう傾向にある。でもそれは情報を受け取る我々に問題があって、なんでもかんでも鵜呑みにするのではなく、そのからくりや信ぴょう性を自分なりに考えて判断するっていうことが必要なんだよ」
「わかります。ネットなんかには情報があふれていますけど、結構眉唾ものもありますからね。それに先ほどのGDPのニュースなんて、数字の取り扱い方を調整するだけでポジティブな情報にもネガティブな情報にもなり得て、それこそ統計マジックみたいな所もありますよね」

俺の言葉に満足したような東さんは、早速メニューを眺めていた。

オーダーを終えると東さんはおもむろにこういった。
「LINEなんかで呼び出したりして悪かったな」
「いえいえとんでもないですよ。お声をかけていただいてうれしいっす。でも東さんよく俺がいたことわかりましたね」
「おいおい、そりゃ俺はあのホール全体を統括して管理している会社の責任者であり社長だぞ。どんな客がどんな遊び方をしているのか逐一見ているし、それに管理室に行けば監視カメラでホールの隅々までわかるからな、そしてその映像は記録もされているし」
「そりゃそうですよね、失礼いたしました」
「でも川上君の今日の行動は良かったぞ。ホールで俺のことを見かけても必要以上に目で追わないし、声もかけてこないところが・・・」
「えっ、そうなんですか?俺は話し込んでいた東さんを見て声かけ辛かっただけなんですけど・・・」
「そこが大事なところだ。考えてもみろよ、このホールの運営を受託している会社の社長が特定の客と親しく話していたら・・・周りのスタッフの目もあるし、ましてやここのオーナーが見たらどう思うかってことを」
確かにそうだと頷きながら東さんの次の言葉を待った。
「その特定の客が毎日来る客で、しかもしょっちゅう大当たりを連発していたら・・・相手の立場と状況を慮るってことは、相手への配慮であり礼儀でもあるから大切なことなんだよ、その点今日の君の行動は模範的だったよ。だからお礼にお昼を誘ったんだ」
俺はホッと胸をなでおろした。
もし東さんがあの時スタッフと話し込んでいなかったのであれば、もしかしたら声をかけていたのかもしれないし、声をかけずとも目礼するなりしていたかもしれない。
監視カメラがあるということも忘れて・・・
(だから初めて会って話した時も、そして再会した時もトイレだったけど、あれはさすがにトイレにまでは監視カメラがないから東さんもあの場であることで俺に気軽に話してくれたんだ!)
それを知った俺は、まさしくさっきの新聞の見出しのことと重ねて感慨深く思い、唾をのみこんだ。
(相手のことを配慮する心・・・絶対に忘れちゃいけない!)

この日のランチは白身魚のムニエルだ。
最近魚をあまり食べていない俺にとっては有り難い選択であったし、そもそも東さんが強く勧めたメニューでもあった。
でも東さんに声をかけなかったことで救われた一件があったことで、その日はあまり味わって食べることができなかったのが本音だ。
今日のように、橋から落ちそうになることがあっても、俺は確実に成長していることが自分でもわかる。
気を付けて橋を渡り切りたい・・・
橋の向こうにどんな光景があるのかはまだわからないが、この成長のステップを止めることなく東さんとの縁を大切にしていきたいと強く願った。

白身魚のムニエルも美味しくいただいた。
東さんご贔屓のこのお店の料理は本当にどれもおいしい。
「ここの料理はどれも本当に美味しいですね」
お世辞ではなく本心からそう思っている。
「それは良かった。なぁ川上君よ、料理ってのはこしらえるものではなく悟るものだっていうことを言った人がいるんだけど、誰か知ってる?」
「こしらえるのではなく、悟る、ですか・・・誰だろう?」
北大路魯山人だよ」
「あっ、芸術家の・・・」
「そうだよ、あの魯山人の名言なんだけどね、俺はこの言葉が好きでね、本当に料理の真髄を言い当てている最高の表現だと思うんだ」
「ってことは東さんは料理するんですか?」
「いや、しない(笑)!」
食い気味に即答した東さんのタイミングがあまりにも絶妙だったので、大笑いしながら二人で店を後にした。
そしてそのあと、この日の午後にちょっとした事件が起こることになる。

ホールに戻ると俺は再び台に座って黙々と打ち始めた。
この台は『大花火』といって、当たりが来た時の電飾が好きだ。
本当に花火が打ちあがっているようで、子供のころ家族で見に行った夏の花火大会を思い出すことがある。
遠い昔の記憶だが、あの頃は父と母、そして兄の4人で神戸の夏祭りに出かけて、港からみんなで花火を見たことがあった。
俺がたしか6歳くらいのころだったと思う。
あの時の幸せは幻だったのか・・・
大花火は午前中、一度だけ大当たりがきたのだが、連チャンすることもなくその後もパッとしなかったが、お昼を東さんと一緒だったこともあって、今後こそ大当たり連チャンを引き当てられそうな気分になっていた。
これまでもそういったことが何度かあったからという、単なるゲン担ぎのようなものなのだが・・・
1時間ほど経過したが、その気配も全くなく、財布から1枚、また1枚と減っていく。
この台は、ここ数日相当飲み込んでいるのでいつ大当たりが来てもおかしくない状態であるし、データからしてもほぼ確実に高設定になっているはずだ。
台を移動したい気持ちと、自分の判断を信じたい気持ちとで揺れていたが、俺は後者に賭けることにした。
なぜなら東さんとランチをした後だから、という単純な理由かであり直観からである。
ようやく大当たりが来たのが、それから30分ほどしてからだった。
確変の文字と共に大花火が打ちあがった液晶画面には、色とりどりの鮮やかな花火が描かれている。
(やっと来たか・・・)
ほっと一息つけるな、と思いつつ手元にたまったドル箱の交換をしてもらうために台上部のコールボタンを押した。
すぐに飛んできた若い男性の店員がそそくさといっぱいになったドル箱を足元に置くために俺の手元にあるドル箱に手をかけた。
そのとき随分と俺に接近しながらドル箱を抱えたために「彼はまだ新人のアルバイトだろうな」と感じた。
慣れていないとドル箱って結構重いものだ。
いざ持ち上げてみると、見た目以上の重さに驚いて、入店間もないアルバイトなどは大抵客の目の前まで体を持ってきてしまうことがある。
おかげで視界が遮られてしまうことが多いのだが、この距離感でベテランか新人かの区別がつくのだ。
明らかに新人のアルバイトらしき店員は、おそらく20代前半といったところだろうか。
大学生だと思われる彼は、いっぱいになったドル箱を本来ならば俺の座っている椅子の柱近くに置くものなのだが、今日の台の位置が島の一番端っこだったこともあってか結構な距離を開けてドル箱を置いたのだ。
(ちょっと遠すぎないか?そんな位置に置いたら通路を通る人の邪魔にもなっちゃうぞ)
心の中でそう叫んでも彼には聞こえるはずもない。
(それともたくさん出ているというアピールのために店側の指示なのだろうか?)
そんなことを考えている俺の前に、慣れない手つきで空箱を置くとその彼はスッと消えてしまった。
(まぁいいっか)
俺は気を取り直して台に集中した。
2箱目もいっぱいになり再びコールボタンを押すと、今度はいつもいるベテランのお兄さんがやってきて、恭しくお辞儀をすると慣れた手つきでドル箱をさっと入れ替える。
そして最初の新人君が置いていった1箱目のドル箱の位置を俺に近づけてその上に2箱目を積んだ。
(そう、その位置だよ。その位置なら安心できる。ハンドルを握ったままでも手を伸ばせば届く距離だ)
さすがだなぁと思っていると、ベテランスタッフは俺の台の上に「大当たり」の札が付いていないことに気が付く。
この店では最初の大当たりを引き当てた時、通常はその台の上に「LUCKY 大当たり」と書かれた札を指すことになっているのだが、先ほどの新人君はそれを忘れていったようだ。
その意味も込めてであろうか、ベテランスタッフは今度は先ほどより深くお辞儀をして立ち去って行った。
その際「失礼いたしました」といったようにも聞こえたが、騒音にかき消されたため定かではない。
でもこのことが尾を引くことになる。

連チャンで6箱ほど積んだころ、再び通常モードとなり台はおとなしくなった。

(まぁ、こんなものかな・・・)
激アツ連チャンラッシュが終わり一息入れたところでふと目を台から外すと、先ほどのベテランスタッフと新人君が何やら話し込んでいるのが見えた。
島の端っこの台だったこともあって、その二人が何やら揉めている様子がよくわかる。
話している内容は全く聞こえないが、ベテランスタッフが新人君を諫めているように見え、最初は頷きながら聞いていた新人君も徐々にその頷きがなくなり、ついには何事かをベテランスタッフに言っているようだ。
その表情は険しく、若干口を尖らせているところからも明らかに強い主張を繰り返していことがわかる。
(んっ!)
ただならぬ気配を感じた俺は、その様子を見続けていいものかどうか迷っていたその時、東さんがサッと現れて、二人の腕を引っ張って奥の方へ連れて行ったのだ。
(何があったんだろうか・・・?)
そのときの俺の予感は見事に的中していた。
あとからわかったことなのだが、新人のアルバイトが俺に対する接客がなっていないとベテラン社員であるスタッフが注意をしたのだが、新人君は目も合わさず聞いているのかいないのかわからないようなそぶりだったため、ベテラン社員がちょっときつく言ったことに対してアルバイトが憤慨したとのことだった。

その日の夕方、時間にして確か5時過ぎぐらいだったと思う、LINEに東さんから「ちょっと付き合ってほしい」とのメールが入ったので、俺は二つ返事でOKをした。
ちょうど大花火も順調に打ちあがってくれたおかげで、足元のドル箱も満足のいく高さにまで成長してたことも俺に余裕を与えてくれた。
東さんがLINEで指定してきた場所は、いつものレストランではなく、ホールから少し離れた駅方面にあるコンビニの上にある喫茶店だ。
おそらく昼間の新人アルバイトの件であろうことは容易に想像がついた。
ガラス扉の喫茶店の前で中をのぞくと、東さんがちょっと険しい表情でコーヒーをすすっているのが見える。いつもとは違う顔だ。
俺は子供のころから人の表情には敏感だった。
その人の顔を見れば、一瞬で今の感情を理解できるという変な能力が備わっていた。
先天的に「備わっていた」のか、それとも後天的「備わった」のかは定かではないが、その精度には絶対の自信がある。
ガラス扉を開けると、ドアの上部についているベルが少々大げさに鳴り響き来店を店内に告げる。
東さんは俺を発見すると手を挙げて「よう!」といった。
俺は軽く会釈しながら東さんと向き合うように、赤いビロード張りのような椅子に「センスが悪くないか?」と心の中でつぶやきながら腰をかけた。
「楽しんでいるところ、急に呼び出したりして申しわけなかったね」
「いえいえ、とんでもないです。全く問題ありませんので大丈夫です」
ちょっとかしこまっている東さんは、両手を膝の上に乗せ換えると、
「今日はうちのアルバイトが川上君に無礼を働いてしまい、大変申し訳なかった。本当にすまない」といって深々と頭を下げたのだ。
俺は驚いて、両手を挙げてバイバイするかのような仕草で「そ、そんなこと、なんとも思っていないですよ」と慌てふためいて言った。
「いや、そういうことではないんだ。こちらとしてはおもてなしをする側なので、会社としての接客姿勢というものがある。それに準じているかどうかということと、そのアルバイトと注意をした社員がお客様のいるホール内で揉めてしまい申しわけないと思っているんだ。
見苦しい光景を、お客様の前で晒したことこそ申しわけなく思っている。本当に済まなかった」
店員が来て俺の前に水の入ったグラスをドンッと置いたのにも関わらず、再び頭を下る東さんには、他店の接客が悪いとか、そんなことはどうやら関係ないらしい。
東さんと俺とのやり取りを見て、混み入っているので時間をおいてオーダーを取りに来てくれればいいものの、そんな配慮を一切見せずオーダーを待ち構えている中年女性の定員に根負けした俺は「ホットお願いします」と仕方なく言葉にした。
「東さん、お願いですからもうやめてくださいよ。確かにドル箱を交換するときお辞儀をしなかったですし、俺に近寄りすぎてぶつかりそうにもなってましたし、台の視界は遮られましたよ。それで、あ、この人は入りたての新人だってことがすぐにわかりました。慣れていないのだからやむを得ないことですよ」
頭を下げたまま東さんは何も答えない。
こんな東さん見たことがなく、俺は戸惑ってしまう。
とにかく何かしゃべっていないと、この場に居づらくなってしまう・・・
「それに新人さんと社員さんとが揉めていたといったって、ほんの数十秒ほどのことですから・・・客だって台の方に夢中ですし、俺なんかあの時、激アツリーチに目を奪われていましたから、周囲のことになんかに気を取られている暇はなかったし隣の女性がキレイで気になってましたよ(笑)」
ちょっと無理しておどけてみたが、効果は無いに等しくむなしい結果に終わった。
「それにあの時、東さんがすぐに二人を連れ出したので、客はその光景を目にしていませんよ、そう間違いないですよ!」
「気を使ってくれてありがとう。確かにあと時、ホールでの異変に気が付いてすぐに事務所の方へ二人を連れて行ったんだけどね・・・結局どちらが正しいか、どちらが間違っているかという良い悪いの問題じゃないんだよ。アルバイトの彼は慣れていないからわかっていても、うっかりお辞儀を忘れたりぎこちない動きになってしまう。社員はそれを見て咎める。どちらの行動も理解できるし悪意も何もない」
「そうですよ。そばにいて俺もよくわかります」
「ただ唯一二人に足りなかったのは、相手の立場を理解しようとせずすべて自分の尺度でしか見れていなかったということなんだ」
「確かに・・・でも人間って誰もがそうなりやすいですよ」
「その通りだね。人間は失敗する生き物だし、失敗していいと思うんだ。そしてその失敗を責めるのではなく周囲がそれを理解し、認めあい、ともに成長していけばいいじゃないか」
「以前おっしゃっていたパートナーシップの定義ですね」
「うん、覚えていてくれてうれしいよ」
しみじみという東さんの表情は、今日一日で大きく老けたように思えた。
「事務所で二人に言ったんだ。君たち二人はどちらも間違っていないよ。よく働いてくれているので感謝しているくらいだとね。そしてこう言ったんだ。たった今から相手の立場で考える目線を意識して欲しい、それができればすべてに余裕ができるしすべてが自分の思い通りになるよ、だまされたと思ってやってごらん、ってね」
「へぇ・・・怒られるかと思っていたかもしれない二人にとっては意外ですね。でもそれがかえっていいんでしょうね。さすがだ!」
「目の前に起こる出来事というのは自分の写し鏡なんだよ。自分が尖がっていれば相手も尖がってくるし、自分が心を開けば相手も開いてくれる、多少の時間差はあってもそれは間違いない人生の法則だということを二人には伝えたんだ」
「どうでした?それを聞いたお二人の様子は?」
「社員の方から手を差し伸べて握手したよ。アルバイトの大学生も頭を下げて詫びていたしね。ちょっと涙目になっていたけど・・・」
「東さんの想い、完全に伝わりましたね!
ケンカ両成敗、っていう諺ありますけど、2人は今回からはケンカもうせんバイ!ですね(笑)」
俺はOKサインを右手で作りながら変な九州男児のモノマネをして、再びおどけてみた。
東さんもニコッとしてくれたのを見て、今回はすべらなかったと確信した。

【ヘルプとサポート】
お互いを認め合い、ともに成長する・・・それがパートナーシップ
東さんからこれまで多くのことを教えてもらったが、今日の一件は日常でありがちなことを取り上げてそこから学べたことで、さながら実地訓練のような感じがした。
東さんの話を聞いた二人が握手を交わしたシーンを想像すると、なんだかとても清々しい気持ちになれたし、自分もまだまだ成長したいと思えた。
いや俺だけではない、ともに成長するのは東さんもそうだし、リツだってそうだ。
そして今日の二人だって今後も成長してほしいと、率直に思える。
そう思える自分が、今成長過程にあるという証拠だと確信できた。
東さんの表情からはすっかり曇りが取れて、いつものような柔和で、でも奥底にみなぎる自信と強さのある顔に戻っていた。
「メシを食うにはちょっと時間が早いしなぁ・・・まぁもうちょっとゆっくりしていくか」
そういう東さんは、来た時と違ってリラックスしている。
というのも、東さんはさっきまでは俺をホールの客として見ていたからだ。
アルバイト店員の粗相と、見苦しいい光景をさらしてしまったことに対して詫びを入れるという礼儀は、明らかに俺を知り合いではなく「客」として接していたからだ。
そのこだわりといい、メリハリのある区別といい、俺は改めて東さんの底力を見せられたような気がして、畏敬の念がさらに増した。
いつものようなリラックスモードになっていたので、何気なく俺は質問をしてみた。

「そういえば前に『成果』についてお話をしてくれましたけど、その成果をつかみ取るコツってあるんですか?」
「コツねぇ・・・」

こういった質問に応えることに東さんは喜びを感じていると最近わかった俺は、師匠と弟子の関係を通り越して、馴れ馴れしくそして厚かましく教義を学んでいる。
それは成長したいという本能がそうさせているのだ。
「人間一人では生きていけないものだろう、成果も一人で成し遂げられるものと思いがちだけど、そこに至るまでに多くの人の協力があって導かれる。それがチームのように複数になると目に見えて行うことができるようになるよね」
「はい、そうですね」
「でもチームであるのに、そのことを忘れて協力という援助を拒む人もいるんだよ。それは変なプライドであったり、おかしな価値観であったりが原因なんだけどね。素直に援助してほしいと願い出ることも成果をつかみ取る近道でもあるんだ。そしてそのとき重要なことは援助にも『ヘルプ』と『サポート』の2種類があるってことを理解していなくちゃいけないんだよ」
「ヘルプとサポートですか・・・」
いつもの質問が始まったようだ。
「違い、わかる?」
「ヘルプデスクのお仕事とサポートセンターのお仕事とかですか(笑)・・・」
馬鹿なことを口にしてしまったと後悔したが、後の祭りだ。
「ヘルプはその時に起こった問題を解決するための一時的な対処療法で、サポートは問題が起きない状態を維持継続させるための根本治療といったイメージだね。つまり時間軸という視点で考えればわかりやすいと思う。ヘルプの時間軸はそのとき、つまり短くて、サポートは長い、ということ」
「あぁ、なるほどよくわかります」
「だから援助を必要としている場合は、ヘルプしてほしいのか、それともサポートしてほしいのかを明確に相手に伝えなければ、問題が解決できないどころか余計に複雑になってしまうこともある。それもコミュニケーションであり、その関係ができることがパートナーでもあるんだよ」
「お互いを認め合って助け合ってともに成長していくんですね」
「そう、その通り!だから今日の件も、お客さんとして君には大変失礼なことをしてしまったけど、あの二人にとっては理解し合えるいいチャンスになったと思うんだ。だから俺はあの二人が今後成長すると確信しているんだ」
事実、あの後のベテラン社員とアルバイトの学生は息の合った名コンビとなって、ホール全体の運営に大きく貢献していったのだ。

■コラム■成果をつかみ取るためにチームで行動する時には援助が必要となる。しかし援助をもらうことに抵抗を感じる人が多い。成果の為にはつまらないプライドや誤った価値観を捨て、援助を求める姿勢が大切だ。援助をする側もあなたが援助を必要としているのかどうかを意思表示しないとなかなか効果的な援助ができない。そして援助の仕方には「ヘルプ」と「サポート」とがあり、明確に異なるその場しのぎで手伝うだけのヘルプをするのではなく、その人が出来るようになるサポートをして、共に成長することが大事なのだ。